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Intermezzo [小説]

 俺の思い人を誘って、二人きりでフランス旅行に行った。
 だが、当初俺が知りたかった彼女の事についてはほとんど知る事ができなかった。
 唯一俺に与えられたのは、彼女が言った言葉。
 それだけだった。

 旅行から帰ってきた後、暫く頭の中では彼女の言葉だけが何度も繰り返し再生されていた。
 それは家にいても、もちろん大学に来ていても同じだった。
 どちらかといえば熱心に説明していると思われる教授の声も、完全に素通りである。

—‥宵。『御前の知らない事は、御前を傷付けない』のだよ—

 俺の知らない事は、決して俺を傷つける事はない。
 それはつまり、知らぬが仏という意味で。
 これ以上、俺が知ろうとしないようにという忠告だ。
 遠回しな拒絶の言葉。
 ‥以前の俺ならば、その言葉を突きつけられた時点で彼女の事は諦めていただろう。
 世界は常に流れの中に存在し、不運にも縁が無かったのだと。

 けれど、何故か今度に限ってそうは思いもしなかった。
 単なる執着心や淡い期待による考え方の変化なのか。
 それとも、彼女が俺に言葉を突きつけた時に感じさせられた、あのかすかな声と体の震えが気になるのか。
 どちらにしろ、諦める気が無いのは一番確かな真実。
 なら、ここで立ち止まっている訳にもいかないだろうな。
 彼女が俺にくれた言葉は、俺なりに都合の良い様に考えてしまえばいい。
 開き直ってしまえば、何てことは無かった。
 むしろ、気持ちは楽になったかも知れないくらいだ。
 今の中途半端な関係はもう放ってはおけない。
 変える為に踏み出すのはきっと今しか機会は無いんだ。

 講義が終わると、プロジェクターの眩しい青白い光を突っ切って一目散に教室を出た。
 午後の講義の前に、早く彼女と話したかった。
 彼女の声を聞きたい。
 前向きに一歩前進し、僅かに残る不安を期待に変えたくて。

 俺は人気の無い場所を探して、結局棟同士を繋ぐ四階の連絡通路にたどり着いた。
 ここからは自然に囲まれた大学の外までもが一望できる穴場的スポットだ。
 後ろのポケットからオニキスブラックの携帯電話を取り出すと、俺は彼女の電話番号を手早く押していく。
 早く電話を繋ぎたくて。
 一つ一つの番号を押しているその時間も。
 押し終わって、ただ相手の応答を待つ短い間さえも。
 とても長く感じた。

トゥルルルル…
トゥルルルル…
トゥルルルル…

 数回のコールの後、電話は運良く繋がった。
 それと共に、勢い良く聞きたかった彼女の声が俺の耳に飛び込んでくる。
『宵?!』
「うん、俺だよ。昼食の時間に電話かけて悪いね」
 かかって来るはずが無いと思っていたのか、彼女は少しばかり驚いていた。
 あまり感情を表に出さない彼女なだけに俺は意外な反応に戸惑ったが、すぐに落ち着きを払って見せよう。
 彼女は人並み以上に第六感の鋭い女性だから、気付かせない内にこちらのペースに巻き込んでおくべきなんだ。
 俺は何時にも増して策を練り、話の流れを止めずに進めてしまう事にした。
「今、いいかな?」
『ああ。構わんが‥用件は何だ?』
 相変わらず無駄の無い口調に魅力を感じて酔いしれながら、逆に好機だと俺は素直に電話をかけた理由を告げた。
「貴女の声が聴きたくて」
 思いの丈を言葉に込めて。
 その内、どれ程が電波に乗って彼女の元に届くのか分からないけれど。
 数%でも伝わっていたら嬉しいと思う。
 俺は彼女の応答を静かに待った。
 流石に待たされはしたが、暫くして彼女の幽玄な雰囲気が伝わってくるような落ち着いた声が俺の耳に確実に響いてきた。
『フフフ‥宵は面白い事を言う』
「面白いってそれどういう意味‥」
 つい言い返してしまった俺に、彼女は続けて答えてくれた。
『私も御前の声が聴きたかったよ‥宵』
 え?
 俺は思わず耳を疑った。
 空耳か。
 もしくは、夢か何かか。
 けれども、それは確かに現実で。
 彼女がくれた言葉は、本物だった。

 俺の中で燻っていた不安は全てあっという間に希望へと姿を変えていった。
 例え変わらなくとも、気のある女性に『声が聴きたかった』と言われて舞い上がらずには居られるほど、俺はまだ大人じゃない。
 単なる社交辞令で言われた言葉じゃないって、本能的に認識しているんだ。

 この恋を終わらせたくなくて。
 この恋を本気かどうか確かめたくて。
 俺はもう貴女無しじゃ生きられないだろうから。
 いい加減に、煮え切らない態度は止めにするよ。

「今日の夜、空いているかな?逢いたいんだ」

 貴女のその一声が、俺を捕らえてマリオネットの様に離さないって事、知ってる?

〈end of scene‥〉

<リテイクあとがき>
 これを書いた時のテーマは、ずばり『声』でした。『Nocturne』の続編ですが、単品でもいける…ハズです(・_・)気になった方はどうぞ、前編も読んでみて下さいませ。
 舞台が所属の大学となっているので、場所が分かる方は想像していただけたらと思います。連絡橋、大好きです(笑)
 更に話は続きまして、後編といいますか、完結(?)編を予定しています。この後に。そちらに関してはまったり連載形式で行きたいと思います。まだ書き始めたばかりですが、お付き合いくださると嬉しいです。


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